2013年2月14日木曜日

私のモールトン

自転車の話が出たところで(出したところで笑)、私の自転車を自慢させてください。アレックス・モールトンには、博士のお城(通称ザ・ホール)で、職人の手作りによって生産される「お城製」と言われる高級ラインと、イギリスのパシュレーというメーカーが生産しているセカンドラインの2種類が存在します。私のモールトンは後者の廉価版です。そうは言ってもトラス構造を採用したフレームは、溶接箇所が通常の自転車の何倍にもなるため、それなりに高価になってしまいます。ちなみに、お城製だと安くても100万近くしてしまいますので、手が出ませんでした(汗)。

フレームは無塗装のものに指定色で焼付塗装してもらいました。ローバーのアーモンド・グリーン同色にしたかったため、都内の中古ローバーを取り扱っている店を探し、日本塗料工業会のサンプルを持ち込んで色合わせをしました。欧州スタンダードと日本のスタンダードが違うため、完全な同一色には成りませんでしたが、かなり近い色になったと思います。

前輪を支えるチューブをフォーク、その上部のチューブをヘッドチューブと言い、ヘッドチューブとハンドルをつなぐパーツを「ステム」と言います。現在、ステムの主流はアヘッドステムと言って、垂直な部材と水平な部材を別パーツとし、剛性やメンテナンス性を高めたものとなっています。しかし、私はそれら部材を一体化した旧来のスレッドステムに拘り、ヘッドチューブにネジを切る加工をしてもらいました。スレッドステムは日本が誇る日東のアルミ削り出し。こういう部材を作らせたら、その精度と美しさで日本製はピカイチです。

そして駆動系のパーツのほとんどを、シマノのアルテグラという軽量なグレードのものを選択しましたが、クランク(=ペダルとフロントギアをつなぐ部材)だけはなぜかイタリア・カンパニョーロ社製のアテナというデッドストック部品に。当時のシマノのデザインが許せなかったのです。合わせて、フロントギアもカンパニョーロになってしまいました。駆動系部品の噛み合わせはデリケートなので、複数のメーカーの製品を混在させることは割と少ないのですが、これがいわゆる「シマニョーロ」ってやつです… 

また、ホイールのリム(=タイヤを固定するための円形の部材)ですが、近年ディープリムと言って、断面形状がV字形の空気抵抗が少ないものが流行しているのですが、私は軽さを優先して断面形状が四角い一昔前のものを選び、スポークも手で組んでもらいました。効果は絶大で非常に軽いのですが、登り坂を走らないのであれば、あまり意味はないかもしれません(汗)。

タイヤはロードレーサーにも匹敵すると言われる(?)走行感を持ち、サイドが飴色のデザインが特徴のコンチネンタル社のグランプリで、大変気に入っているのですが、実はこのタイヤは既に廃盤になっており、私の家にはあと数本の買い置きがありますが、いずれ違うものに換えなければなりません。(ちなみに自動車のタイヤで圧倒的な存在感を放つブリヂストンは、自転車ではなぜかフレームメーカーで、タイヤはつくっていないのが不思議ですね…)

以上の結果として、私のモールトンは非常にクラシカルでシンプルな自転車になったように思います。

このような作り方をしているものですから、ちょっと目を離すと自転車屋さんが勝手にパーツを変更しようとしたり、なかなか現場監理(笑)が大変でした。本当に建築を作るのと似ているなあと実感しました。自然と、私が付き合う自転車屋さんは、普通の自転車屋が一生に一度外すかどうかという部品を、一日に3回くらい外しているようなマニアックなとこばかりになってしまいます。

このように、フレームを単体で購入し、パーツをそれぞれ選択しながら全体を組み立てるのが、自転車の真の醍醐味だと思いますが、これを「面白そう!」と思った方は、たぶん建築家と家を建てるのに向いています(笑)。「面倒だな…」と引いてしまった方は、建売住宅や売建住宅を買うのに向いていると思います(笑)。


















SPEC 
フレーム      Pashley TSR 分割(指定色塗装
ヘッドパーツ  Shimano Dura-Ace 
リム      Velocity Twin Hollow 
スポーク      Asahi #14 
ハブ      Shimano Ultegra 
クランクセット Campagnolo Athena(175mm) 
チェーンリング Campagnolo Record 53-39T 
カセットスプロケット Shimano Ultegra 
リヤディレイラー   Shimano Ultegra 
フロントディレイラー Shimano Ultegra 
シフター      Shimano SL-R770 
チェーン    Shimano Ultegra 
ブレーキキャリパー  Shimano BR-650 
ハンドルバー  Nitto B2520AA 26 
ステム     Nitto NTC-DX(130mm) 
ペダル         MKS Promnade-Ezy 
サドル         SelleSanMarco Regal 
タイヤ         Continental GranPrix 20x1-1/8(406)
チューブ    Panaracer R-AIR
グリップ    Herrmans ZEGLO LEATHER

2013年2月10日日曜日

デザインとは何か


昨年末、アレックス・モールトン博士が逝去されました。
博士が開発した独創的な小径車「アレックス・モールトン」は、私もオーナーの1人であり、とても残念に思います。

ところで、私が非常勤講師として教えていた学校で、1年生の最初に「私の自慢の一品」という課題を行なっていました。学生が自分の所有する物のなかから、「デザインとして優れていると思うもの」を学校に持ち寄り、その良さをプレゼンテーションするという課題でした。

毎年、自転車を選んでその良さをプレゼンテーションする、自転車好きな学生が1人はいるのですが、内容を聞いても、全くその自転車の魅力が伝わってきません。この自転車はスピードが出るんだとか、乗り心地がいいんだとか、色が珍しいんだとか、いろいろと話すのですが、それを達成するために、デザインがどのように工夫されているのかという話がありません。まあ1年生ですから当然です。

アレックス・モールトンを例にとってお話ししましょう。自転車は大きく分けて軽快車(通称ママチャリ)と、スポーツ自転車の2種類に分けることができます。アレックス・モールトンは後者のスポーツ自転車に分類されます。それでは、ママチャリとスポーツ自転車は何が違うのでしょうか。ママチャリの主な目的は、とにかく頑丈で荒っぽい扱いにも耐えられること、少々運動神経の悪い人でも安全に乗れることであって、目的地まで速く到達するということは、全く重視されていません。一方、スポーツ自転車はそれとは正反対で、華奢で繊細でも仕方がないが、目的地までとにかく速く到達できるということが最優先です。

このような目的の違いが、どのようにデザインされているかというと、ママチャリは自転車に乗ったときに、上体が地面に対して垂直になるようなフレームの形をしています。このジオメトリは視認性を大きく向上させますが、自分の体重が「おしり」の一点に集中し、短時間の乗車でないとすぐに痛くなってしまいます。また、人の脚力を自転車の推進力に変換する際のロスが大きく、スピードがあまり出ません。

一方、スポーツ自転車は、自分の体重を「おしり・手・足」の3点でバランスよく支えるようなフレームの形をしています。このジオメトリは前傾姿勢となり、人の脚力を自転車の推進力に変換しやすくスピードが出るうえ、荷重が分散するため長時間乗っても疲れにくくなります。しかし、自転車の重量を軽くしてあるため、耐久性や安全性はママチャリに一歩譲ります。

それでは、スポーツ自転車のなかでも、特にアレックス・モールトンはどのような特徴を持っているのでしょうか。まず小さい車輪。スポーツ自転車というと27インチの大きな車輪を持つことが一般的です。なぜかと言うと、一旦回転し始めたものは、直径が大きいほど止まりにくいのです。これを「ジャイロ効果」と言います。したがって長距離高速走行時に安定するのは、大きな車輪のほうです。では、小さな車輪のメリットは何か。それは「漕ぎ出しが軽い」ということです。モーメントは車輪の半径に比例するからです。市街地など信号が多く、ストップ・アンド・ゴーが余儀なくされる場所では、これは大きな利点です。どちらが優れているとかではなく、この違いは自転車の目的の違いからくるものです。

小さい車輪にもデメリットはあります。振動に弱いことです。大きい車輪では、車輪じたいが撓むことで吸収できるような、ちょっとした路面からの影響を、小さい車輪だとモロに受けてしまうのです。それをクリアするために、アレックス・モールトンには、前後にサスペンションがついています。実はモールトン博士はローバー・ミニのサスペンションを開発した経歴の持ち主で、この自転車の乗り心地(=シルキー・ライドと言われます)も、サスペンションがキモなのです。

また、自転車の重量を軽くしつつ、剛性や耐久性を担保するために、トラスのフレームを採用しています。トラスというのは、3角形の集合体として全体を構成することで、一つ一つの部材を細くしても、全体としての剛性を確保できる構造のことです。そして、自転車の安定性を得るために、ホイールベース(前後の車輪の間隔)は通常の27インチの自転車と同じだけとってあります。

このように、「デザイン」(=日本語では「設計」と訳されます)というのは極めて合理的で合目的的なものなのです。

2013年2月9日土曜日

なぜ設計に時間がかかるのか


前回までに「建築」に対する私の考え方をご紹介しました。今回のエントリーでは、実際に私がどのようなプロセスで、このように矛盾に満ちた「建築」を設計しているのかをご紹介したいと思います。

建築家・建築士によって、設計のプロセスは様々です。100人いれば100通りのプロセスがあると言ってもよいでしょう。私のやり方も、学生時代、修行時代、そして独立してからを通して、自分で編み出してきたもので、全く同じやり方をする人は、他にはいないことをご了承いただきたいと思います。

私はまず敷地の条件、法規、クライアントの要望などを整理しながら、「ごくごく普通の間取りをつくる」ことから始めます。これは、いわゆるハウスメーカーやパワービルダーがつくる家とほとんど変わらない。まずこのような案をつくることで、全体のヴォリューム感(大きさやたたずまい)、法規をクリアする難易度、そしてクライアントの要望についての実現可能性などをつかむことが目的です。だいたい、このような案をつくるのは2日から3日くらいでできます。ふつうはこの案をたたき台として、詳細をつめていけば建築設計は終了となります。

しかし、わたしたちにとって、ここまでは準備体操。ここからやっと本格的な設計がスタートします。このままでは感動がない。では、この案をどのように展開すれば感動が得られるのか。そこで、やみくもにいろいろな案を考えてみます。実現しそうな案から実現不可能と思われる案まで様々に。そして、大量にできあがった案を、今度は自分で類型化(=パターン分け)してみます。類型化することで、何を考えていたか(=コンセプト)、良いところ、悪いところ等が浮き彫りになってきます。

こうして得られた類型のなかで、可能性がありそうなものについて、さらにそれを展開するかたちで、またやみくもに案を考えてみます。そして、またできあがった複数の案を類型化し、そのプロセスのなかで可能性を探っていきます。このように、「複数の案を考える→類型化→絞り込み」を気の済むまで(笑)繰り返して着地点を見つけることが、私にとっての設計行為です。

ここでいう「可能性」というものが前回までにお話しした、建築そのものに内包される批評性と考えていただいてよいと思います。ここで私が強調したいのは、コンセプトや自律的なテーマが最初にあるのではなく、あくまでも他律的な条件から出発して、それを展開していくなかでコンセプトは「発見される」ものだということです。

直感的でインスピレーションが必要なプロセスと、分析的で論理的なプロセスが交互に繰り返されることで、形態もコンセプトも磨かれていくことがお分かりいただけると思います。実際には、こんなに線形なものではなく、行ったり来たり、ジャンプしたりともっと複雑な思考回路を辿ることが多いのですが(汗)。

いずれにせよ、こんなことを繰り返していく訳ですから、基本設計に最短でも3ヶ月は必要ですし、1週間で設計しろと言われても「深みのある」ものをつくるのは難しいです。また、設計に時間を掛けたいもう1つの理由としては、お施主様自身が決断するのに時間が必要だということもあります。

わたしたちは当然、当初のお施主様の希望やイメージを「超える」ものをつくろうと思って、上記のように手間隙をかけているわけですから、出てきたものはお施主様からすると、ほとんど想像してなかったものになっているはずです。そうすると、それが良いのか悪いのか、お施主様が判断するだけでも、どうしても時間が掛かってしまうのです。やはり設計期間に充分な余裕がないと、コミュニケーションさえままならないという訳です。