2013年2月10日日曜日

デザインとは何か


昨年末、アレックス・モールトン博士が逝去されました。
博士が開発した独創的な小径車「アレックス・モールトン」は、私もオーナーの1人であり、とても残念に思います。

ところで、私が非常勤講師として教えていた学校で、1年生の最初に「私の自慢の一品」という課題を行なっていました。学生が自分の所有する物のなかから、「デザインとして優れていると思うもの」を学校に持ち寄り、その良さをプレゼンテーションするという課題でした。

毎年、自転車を選んでその良さをプレゼンテーションする、自転車好きな学生が1人はいるのですが、内容を聞いても、全くその自転車の魅力が伝わってきません。この自転車はスピードが出るんだとか、乗り心地がいいんだとか、色が珍しいんだとか、いろいろと話すのですが、それを達成するために、デザインがどのように工夫されているのかという話がありません。まあ1年生ですから当然です。

アレックス・モールトンを例にとってお話ししましょう。自転車は大きく分けて軽快車(通称ママチャリ)と、スポーツ自転車の2種類に分けることができます。アレックス・モールトンは後者のスポーツ自転車に分類されます。それでは、ママチャリとスポーツ自転車は何が違うのでしょうか。ママチャリの主な目的は、とにかく頑丈で荒っぽい扱いにも耐えられること、少々運動神経の悪い人でも安全に乗れることであって、目的地まで速く到達するということは、全く重視されていません。一方、スポーツ自転車はそれとは正反対で、華奢で繊細でも仕方がないが、目的地までとにかく速く到達できるということが最優先です。

このような目的の違いが、どのようにデザインされているかというと、ママチャリは自転車に乗ったときに、上体が地面に対して垂直になるようなフレームの形をしています。このジオメトリは視認性を大きく向上させますが、自分の体重が「おしり」の一点に集中し、短時間の乗車でないとすぐに痛くなってしまいます。また、人の脚力を自転車の推進力に変換する際のロスが大きく、スピードがあまり出ません。

一方、スポーツ自転車は、自分の体重を「おしり・手・足」の3点でバランスよく支えるようなフレームの形をしています。このジオメトリは前傾姿勢となり、人の脚力を自転車の推進力に変換しやすくスピードが出るうえ、荷重が分散するため長時間乗っても疲れにくくなります。しかし、自転車の重量を軽くしてあるため、耐久性や安全性はママチャリに一歩譲ります。

それでは、スポーツ自転車のなかでも、特にアレックス・モールトンはどのような特徴を持っているのでしょうか。まず小さい車輪。スポーツ自転車というと27インチの大きな車輪を持つことが一般的です。なぜかと言うと、一旦回転し始めたものは、直径が大きいほど止まりにくいのです。これを「ジャイロ効果」と言います。したがって長距離高速走行時に安定するのは、大きな車輪のほうです。では、小さな車輪のメリットは何か。それは「漕ぎ出しが軽い」ということです。モーメントは車輪の半径に比例するからです。市街地など信号が多く、ストップ・アンド・ゴーが余儀なくされる場所では、これは大きな利点です。どちらが優れているとかではなく、この違いは自転車の目的の違いからくるものです。

小さい車輪にもデメリットはあります。振動に弱いことです。大きい車輪では、車輪じたいが撓むことで吸収できるような、ちょっとした路面からの影響を、小さい車輪だとモロに受けてしまうのです。それをクリアするために、アレックス・モールトンには、前後にサスペンションがついています。実はモールトン博士はローバー・ミニのサスペンションを開発した経歴の持ち主で、この自転車の乗り心地(=シルキー・ライドと言われます)も、サスペンションがキモなのです。

また、自転車の重量を軽くしつつ、剛性や耐久性を担保するために、トラスのフレームを採用しています。トラスというのは、3角形の集合体として全体を構成することで、一つ一つの部材を細くしても、全体としての剛性を確保できる構造のことです。そして、自転車の安定性を得るために、ホイールベース(前後の車輪の間隔)は通常の27インチの自転車と同じだけとってあります。

このように、「デザイン」(=日本語では「設計」と訳されます)というのは極めて合理的で合目的的なものなのです。

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